酒とデザイン / sake to design
Apple Computer

去年の大掃除でも何だかんだでタイミングを逃し、破棄する事が出来なかったAppel Computer。一体いつまで(僕次第だけど)押し入れの中で眠り続けるのだろうか…。今となってはPCとして絶望的に機能を果たせず、ドアストッパーとしても些か難あり。ましては、リビングに飾って置きたい気持ちなんて微塵も無い。毎年パワーボタンを押す事もなく、そっと押し入れ(墓場)の奥底へと再び仕舞われる。あと昔のデジカメや携帯電話もあったな(今ではペーパーウェイトにすらなり得ないか)。今となっては機能は全く無くとも、ほんのちょっとした思い入れがあるメカっぽいものは罪なやつだ。せめてその手専門の「お焚き上げ」とかあれば清らかな気持ちで手離れ出来そうなんだけれどなぁ。まぁ、さすがにそれはちょっと大袈裟だけれど、困った問題には変わりはない…。
新宿御苑

紅葉シーズン。今しか見れない"恋しさと せつなさと 心強さと"。年末が近いせいか、ついつい(歌ってほしい)カラオケソングから耳から離れない。さておき、"悲しくて 泣きたくて 叫びたくても〜"今年もあと1ヶ月を切ったな…。(写真は週末の新宿御苑)


篠原涼子 with t.komuro - 恋しさと せつなさと 心強さと
落葉

肌寒い午後だったけれど、息抜き程度に近所の公園へ。風がやや強かったとは言え、思ってたより随分と地面に落葉が広がっていた。しばらくすると、その葉の散らばり具合が風のせいだけではないのが分った。小さな子供らが、まるでアイススケートのように足を地面に引きずるように歩いていた。(少なからず小さい頃に誰しも経験したことがあるはずだ)懐かしいなぁなんて思っていると、それは小さな子供らに限らず、大人からお年寄り、はたまた飼い犬までスケートシューズを履いているかのように(決して子供にバレないように)落葉を引きずるように歩いているように見えた。僕も右に倣って葉っぱを引きずるように歩いてみた。「シャリシャリ…」と夢中で音を響かせ歩いていると、日はすっかり落ちて、子供らの声を聞こえなくなり、街灯が寂しく落葉を照らしていた。急に冷たい風が吹き、明日から12月だという事を知らせてくれたようだった。



Robert Doisneau

週の初め、友人と静岡までロベール・ドアーノの写真展へ。(とは言いつつ、どちらかと言えば沼津方面で食べたり飲んだり、また食べたりというのが本題に近いけれど。)紅葉めいた山中にある美術館で見るモノクロームの写真は、どれも当時の普遍的な「今そこのあるもの」が自然に収まっていて、どこか微笑ましい気持ちになった。雨模様も手伝ってか、若干感傷気味になった僕は、ミュージアムショップで誰に送る宛てもないけれど、ドアーノのポストカードを2枚購入した。家に持ち帰り眺めていると、僕も「今こそにあるもの、今そこにしかないもの」を写真を撮るだけではなく、プリントしてみたいなぁと強く思った。まずはサーバーにある膨大な写真の選別からだな…。



プレゼント

唐津へ行ったお土産ということでフリーカップ(小鉢?)を頂いた。彼女は僕ら友人3人の好みや個性を読み取り、それぞれ形や色の違うカップを選んでくれたそうだ。無限にある唐津焼からこの白いカップを選んでくれたと思うと嬉しいものだし、嬉しい物でもあるなぁと。僕はさっそく今晩、焼酎のお湯割りから使い始めたいと思う。他2人の友達は一体何を入れるのかな?と想像すると、僕も誰かの為にプレゼントを渡したい気分になった。

フォルナセッティのマグカップ

ずいぶん前にヨーロッパのどこかで購入したフォルナセッティの大きなビンテージのマグ。容量がとても大きい(約600ml!)ため、ちょうど今くらいの時期から極まれに使っている。そもそもそんなに大量のコーヒーを飲むこともないし(ビールなら話は違うが)いかんせん大きすぎて年に数える程しか使うことはなく、食器棚の奥底に(やや不気味に)鎮座している。実は更に使う頻度が減った理由があって、その容量が多いのが仇となり、すぐにコーヒーが冷めてしまう。面倒くさいなぁと思いつつ、何気なく電子レンジへ入れると「パチパチパチパチ!!」と聞きなれない音がけたたましくキッチンに鳴り響いた。気づくまでにそう時間はかからなかったけれど、すでに遅し。ゴールドに施された美しい鍍 金がバリバリに割れてしまった。電子レンジのドアを開けるまでは落ち込んでいたけれど、あらためてマグを見ると、ヨーロッパのどこかの壁画のような雰囲気で、逆になんだか愛着が湧いてしまった。とはいえ使うとなると話は別。今日も食器棚の奥底で、発掘されるのを待つ出土品ように今日も(やや不気味に)薄暗く光っていた。長袖のシャツや葡萄や栗などの秋の果物。あと夕方の少し寂しくなるような夕日以外にも、今年が残り数ヶ月で終わることを僕に知らせてくれるのがこのフォルナセッティのマグだ。もうそんな季節になったんだなぁと、変にしみじみとした味わいのコーヒー(約600ml)を半日かけて飲み干した午後。


軽い二日酔いの朝は、コップ一杯のお水につきる。どよんとした体内を、迷路ゲームのように流れる水を寝ぼけた頭で追いかけながら、昨晩の楽しかった記憶を辿るのが癖になっている。きっとこの癖は、二日酔いを経験してからだから、ざっと20数年も繰り返しているのか…。でもまぁ、たまにいくら水を飲んでも記憶を辿れない朝もあるけれど…。


グラスの詳細はこちら
http://shop.craftcraft.net/?pid=31318853
カロリーメイト

ふらっと入ったコンビニで、特に欲してる訳でもないのに買ってしまった「カロリーメイト」は、発売当時(83年)から殆どデザイン変更もせずに、未だに色褪せることの無いデザインだなぁと(個人的には大きいサイズの方がバランスが良くて好き)。その当時、僕の中でかっこいい(おしゃれ?)と思っていたロゴやデザインを思い出してみた。ポカリスエット、マクセル、ジャワティ ストレート(瓶)、アディダス、FELIX THE CATのロゴ(黒い背景に白文字)、BUCK-TICK今井の顔に描いてある「B-T」などなど、取り上げていたらキリがないからこの辺で(笑)。でもその当時の僕は、「かっこいい(おしゃれ)」=「浅はかな下心(純度高め)」だったような気がする。これを持っていると100%かっこ良く見えるはず!的な感情というべきか…(中学生の時は皆んなそうだったと信じたい)。そんな話はさておき、特に欲している訳でもないカロリーメイトを食べてみると、粉々に砕け散ったその当時の淡い想い出が口中に広がった。出来ることなら乾いた喉をポカリスエットで流し込みたかったな。

Ad Reinhardt

ちょうど一ヶ月前ほどCy Twomblyを観に川村記念美術館へ行ってきた。実はお目当てのサイ・トゥオンブリーの作品より、常設されていたAd Reinhardtのペインティングに強く惹かれた。ただただ黒いペインティング。よく見続けていると、うっすらと色が変わるような気もしてくるし、9つに分割されたようにも見える。ただそれだけ。特にそこに意味は無く、ただ黒い(ように見える)。僕も特に意味もなくかっこいいなぁと思い、誰かに手紙を出すわけでもないけれど、同じペインティングのポストカードを購入した。考える前に感じる事の楽しさや重要性のような事を、このペインティングを通して再度教わった気がした。ブランドやデザイナー名、流行や珍しい作品という枠では無く(そもそもその気は無いけれど)、もっとフラットな姿勢で物事に向かい合いたいなぁと、黒い(ように見える)コーヒーを飲みながら思った。

東京湾

大きなタンカーが随時行き交う東京湾をぼんやり眺めながらを、西日をさんさんと浴びつつ(突風でさえ心地良く思えた)飲んだ昨日のコーヒーは格別だった。今は昨日撮影した複数の写真を整理しPCのモニターに照らされつつ、自分で淹れたコーヒーを飲んでいる。写真を見ながら昨日の記憶を辿り回想して飲むコーヒーも、それはそれで美味しいものだなぁと。

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